氷室 とは、天然の氷や雪を蓄えることで冷温貯蔵庫として機能する施設のこと。
紀元前1780年頃の楔形文字の粘土板には、メソポタミア北部のテルカの街でマリの王ジムリ・リムが氷室を建設したことが記録されており、「これまでどの王も建設したことがなかった」と書かれている。
アジアでは春秋時代から漢代までの遺跡が重層的に重なった永城の遺跡群、陵陰遺跡で氷室が見つかっており、主室は東西27メートル、南北6.7メートルの大きさで、深さは0.14~0.5メートルの浅い地下建造物である。周囲には広い圧縮土壁があり、地面はタイルで覆われている。北と南に19の溝があり、これらは東西に走る主要な溝と繋がっている。溝の東端は東壁を通る排水管に繋がっている。周囲の遺跡には柱をたてるための穴も残り地上の建造物が存在したことも証明されているので、陵陰遺跡は地下の氷室と地上の建物により構成されていたと考えられている。
歴史
『日本書紀』仁徳天皇62年条に額田大中彦皇子(ぬかたのおおなかつひこのみこ)が闘鶏(つげ:現在の奈良県天理市福住町)へ狩りに出掛けたとき、光るものを発見したとの記述が初出とされる。奈良時代の長屋王宅跡から発掘された木簡には「都祁氷室(つげのひむろ)」と書かれたものも見つかっている。
『日本書紀』の孝徳天皇紀に氷連(むらじ)という姓(かばね)が登場し、朝廷のために氷室を管理した職が存在したことがうかがえる。例えば、朝廷の要職を占めた家の一つ賀茂県主氏(主に賀茂神社の神官を輩出した、亦元豪族か。賀茂神社祭神は鴨家の氏神)の家系図には「氷連」「氷室」の記述が見られる。
平城京では春日山に氷室が置かれ、宮中への献氷の勅祭を行った。(なお、平安京への遷都後に奈良にあった氷室を祀る形で設けられたのが、現在、奈良市春日野町にある氷室神社であり、氷室権現とも呼ばれる)。
律令制においては氷室、製氷職は、宮内省主水司に属した。その後も氷室とそれを管理する職は各時代において存在した(なお製氷職は明治時代になって消滅した)。
江戸時代
加賀藩の氷室
江戸時代には、加賀藩では冬の"大寒"の時期に降雪を氷室に蓄え、毎年旧暦6月1日にこれを取り出して、かためた雪(氷)を江戸幕府(将軍家)へ献上した(なお、氷室からとり出すと雪(氷)は溶け始めてしまうので、通常であれは12日ほどかけて移動した江戸までの約 480キロメートルの道のりを加賀飛脚らは重い氷をかついで4日で、つまり1日あたり120キロメートルほど進む速さで駆け抜けたという。届けられた氷は土なども混じっていたので、かき氷などのように口に入れられたわけではなく、果物を冷やすためなどに使われたらしい)。この風習は明治期に一旦すたれたが、1986年(昭和61年)に湯涌温泉観光協会が中心となって復活のために活動し金沢市なども協力して加賀の氷室の復元に成功し、今日にいたるまで行事が行われ続けており、毎年1月31日に地域住民や観光関連の人々が協力し雪を氷室に詰め、6月30日にこれをとり出して、石川県知事、金沢市長、加賀藩の江戸藩邸があった東京都板橋区、目黒区に贈呈している。氷室に雪を詰める日は「仕込み初め」、雪をとり出す日のことを「氷室開き」と呼び、冬・夏の風物詩として金沢市民に親しまれている。
鳴沢氷穴
また、富士山麓の鳴沢氷穴から夏季に取り出した氷も将軍家への献上品として届けられていた。
明治時代
明治時代になるとアメリカの天然氷の文化が普及し、天然氷が一般に販売されるようになり、大正時代にかけ、冷蔵用の需要が増加したため、北陸各地に新たな雪室が作られるようになった。他方で、明治30年代から機械氷が天然氷を代替するようになり、冷凍施設なども製造されるようになったため、昭和初期には、徐々に雪室は廃止されていった。そして、戦後の食品衛生法による規制強化、昭和30年代からの電気冷蔵庫の普及によって、昭和37年ころには、ほぼ完全に雪室は消滅した。
氷室を題材・題名とした能の演目がある。脇能物の荒神物のひとつ。
延喜式の記載
平安時代中期成立の『延喜式』には、次の10ヶ所の氷室が記載されている。いずれも宮内省主水司の所管であった。
大和国山辺郡 都介氷室(闘鶏・都祁<つげ>)(奈良県天理市福住町)
『日本書紀』仁徳天皇62年条の「闘鶏氷室」に同じ。
山城国葛野郡 徳岡氷室(京都府京都市右京区御室)
山城国愛宕郡 小野氷室(京都府京都市左京区上高野氷室山)
山城国愛宕郡 栗栖野氷室(くるすの)(京都府京都市北区西賀茂氷室町) → 氷室 (京都市北区西賀茂)
山城国愛宕郡 土坂氷室(長坂)(京都府京都市北区西賀茂西氷室町) → 氷室 (京都市北区西賀茂)
山城国愛宕郡 賢木原氷室(京都府京都市西京区の樫原地域)
山城国愛宕郡 石前氷室(いわさき)(京都府京都市北区衣笠氷室町)
河内国讃良郡 讃良氷室(大阪府四條畷市南野の室池)
近江国志賀郡 部花氷室(竜花)(滋賀県大津市上竜華町・下竜華町)
丹後国桑田郡 池辺氷室(京都府南丹市八木町神吉)→…
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chiesa di Sant'Andrea (Sant'Andrea Apostolo)
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