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どんな人物か
1897–1991 · regista, sceneggiatore e produttore italiano (1897-1991) · Bisacquino
フランク・キャプラ は、アメリカ合衆国の映画監督。『或る夜の出来事』『オペラハット』『我が家の楽園』と3度アカデミー監督賞を受賞している。
生い立ち
イタリア・シチリア島ビザックイーノ出身。ぶどう園を営む家庭に生まれるが、7人兄弟だったため家は貧しく、6歳で家族と共にロサンゼルスに移住。父はオレンジ畑で働いたが、貧乏ゆえキャプラ自身も幼い頃から新聞の売り子や酒場でバンジョー弾きとして家計を助ける。
映画界へ
苦学して1918年にThroop Institute(後のカリフォルニア工科大学)でエンジニアリングを学び、卒業後に陸軍に従軍するも、スペイン風邪にかかり除隊。その後は本のセールスなど詐欺まがいの職業を転々とした後、作家になる為にシナリオ学校に入るが、小説よりも映画に興味がおき、1921年にインディペンデント系のクリスティ映画社に入社。
監督へ
その後、ポール・ガースン映画社で助監督として主にそれまでアメリカ映画界の主流だった喜劇映画の製作に関わり、キプリングの詩を脚色した1922年の短編『Fultah Fisher's Boarding House』が事実上の監督デビュー作となる。
その後、ハル・ローチに招かれて、当時人気だった喜劇『ちびっ子ギャング』シリーズのギャグ・ライターとして活躍。1925年にマック・セネットと出会い、喜劇俳優ハリー・ラングドン主演のコメディで長編監督デビュー。以降はラングドン専属の映画監督となったが、ラングドンが監督にも進出するようになり、あぶれてしまったキャプラは、1928年に当時、まだマイナーなスタジオだったコロムビア映画に招かれる。
コロンビアへ
コロムビアではじめて撮った『呑気な商売』の出来に満足した重役のハリー・コーンらと専属契約を結び、以後はコロムビアの職人監督として『サブマリン』、『渦巻く都会』、『空の王者』、『大飛行船』、『狂乱のアメリカ』など、話題作や大作ドラマに起用される。1929年にはコロムビア初のトーキー「The Younger Generation」を手掛け、コロムビア上層部からの期待を担う。…
Fultah Fisher's Boarding House (1922)
当りっ子ハリー The Strong Man (1926)
初恋ハリイ Long Pants (1927)
力漕一挺身 For the Love of Mike (1927)
呑気な商売 That Certain Thing (1928)
So This Is Love (1928)
陽気な踊子 The Matinee Idol (1928) (正規版は珍しい両面1層[1])
闇を行く The Way of the Strong (1928)
Say It with Sables (1928)
サブマリン Submarine (1928)
渦巻く都会 The Power of the Press (1928)
The Younger Generation (1929)
ドノヴァン The Donovan Affair (1929)
空の王者 Flight (1929)
希望の星 Ladies of Leisure (1930)
Rain or Shine (1930)
大飛行船 Dirigible (1931)
奇蹟の処女 The Miracle Woman (1931)
プラチナ・ブロンド Platinum Blonde (1931)
たそがれの女 Forbidden (1932)
狂乱のアメリカ American Madness (1932)
風雲の支那 The Bitter Tea of General Yen (1933)
一日だけの淑女 Lady for a Day (1933)
或る夜の出来事 It Happened One Night (1934)
其の夜の真心 Broadway Bill (1934)
オペラハット Mr. Deeds Goes to Town (1936)
失はれた地平線 Lost Horizon (1937)
我が家の楽園 You Can't Take It with You (1938)
スミス都へ行く Mr. Smith Goes to Washington (1939)
群衆 Meet John Doe (1941)
なぜ我々は戦うのか Why We Fight (1942 - 1945)
毒薬と老嬢 Arsenic and Old Lace (1944)
素晴らしき哉、人生! It's a Wonderful Life (1946)
愛の立候補宣言 State of the Union (1948)
恋は青空の下 Riding High (1950)
花婿来たる Here Comes the Groom (1951)
波も涙も暖かい A Hole in the Head (1959)
ポケット一杯の幸福 Pocketful of Miracles (1961)
アカデミー賞
受賞
1935年 アカデミー監督賞:『或る夜の出来事』
1937年 アカデミー監督賞:『オペラハット』
1939年 アカデミー監督賞:『我が家の楽園』
ノミネート
1934年 アカデミー監督賞:『一日だけの淑女』
1940年 アカデミー監督賞:『スミス都へ行く』
1947年 アカデミー監督賞:『素晴らしき哉、人生!』
ゴールデングローブ賞
受賞
1947年 ゴールデングローブ監督賞:『素晴らしき哉、人生!』
サイレント・コメディ全史(新野敏也著、1992年、 喜劇映画研究会 ISBN 978-4906409013)
喜劇映画〉を発明した男 帝王マック・セネット、自らを語る(マック・セネット著、石野たき子訳/新野敏也監訳、2014年、作品社 ISBN 4861824729)
ウィキペディアより、CC BY-SA 4.0 · 記事全文を読む
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