Trinaka エトナ · シチリア

地図城と遺跡Castelvetrano

★ 21 Selinunte (セリヌンテ)

城と遺跡 ギリシャ考古
Selinunte (セリヌンテ)
写真:ウィキメディア・コモンズ · CC BY-SA

セリヌス はシケリア(シチリア島)南西部にあった古代ギリシアの植民都市で、現在はセリヌンテ (Selinunte) と呼ばれている。セリヌス川(現在のモディオーネ川)とコットーネ川(現在は溝が残るのみ)に挟まれた場所に立地していた。現在の行政区分ではトラーパニ県カステルヴェトラーノコムーネの分離集落(フラツィオーネ)であるトリスカーナ・ディ・セリヌンテとマリネッラ・ディ・セリヌンテの間にある。遺跡にはアクロポリスを中心にいくつかの神殿がある。これらの神殿のうち、神殿E と呼ばれるヘラ神殿のみが修復されている。最も繁栄したのは紀元前408年以前であり、人口は奴隷を除いても3万人程度あった。セリヌスは紀元前409年に一旦破壊され、その後再建されたが、紀元前250年頃に放棄された。

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歴史

セリヌスはシケリアにおける最も重要なギリシア都市のひとつであり、シケリア島の南西部、セリヌス川の河口に位置し、ヒプサス川(現在のベリーチェ川)の西6.5キロメートルにある。歴史家のトゥキディデスによると、セリヌスは同じシケリアのギリシア都市である メガラ・ヒュブラエア(現在のシラクーザ県アウグスタ)を母都市とし、 メガラ・ヒュブラエア建設のおよび100年後にパミルスという人物の指導のもとに建設され、ギリシア本土のメガラ( メガラ・ヒュブラエアの母都市)から入植者を受け入れた。建設時期を正確に特定することは出来ないが、トゥキディデスの言に従えば紀元前628年頃、ディオドロスはそれより早い紀元前650年、ヒエロニムスは紀元前654年としている。この中ではトゥキディデスの説がもっとも信頼性が高く思われる。セリヌスはそこに自生していた野生のセロリを意味するギリシア語であるセリノン(古代ギリシア語:…

考古遺跡

セリヌスの遺跡は海に面しており、西にモディオーネ川(古代のセリヌス川)、東に川の名残であるコットーネ溝がある。街の東西には高地があり、それをつなぐ鞍部に街が建設されているため、街自体も標高48メートルと周囲より高い。海に隣接する街の南側にはアクロポリスがあり、二つの大通りの交差点と多くの神殿(神殿A、B、C、D、O)がある。街の北側、すなわち内陸側には住居とヒッポダモス式の都市計画に従ってアクロポリスと2箇所のネクロポリス(ゲレラ=バグリアッツォとマヌッツァ)が作られている。
他の重要な遺跡が、街の東西の高地にもある。東側の高地の現代のマリネッラの北側には、3つの神殿(神殿E、神殿F、神殿G)およびネクロポリス(ブッファ)がある。西側の高地には、セリヌスの最も古い時代の遺跡であるモロフォロスの聖域とアルカイック式のネクロポリス(ピピオ、マニカルンガ、ティンポーネ・ネロ)がある。二つの川の河口にはそれぞれ港があった。
現代の考古学公園地域は約40ヘクタールあり、以下の地域に分かれている:

中央のアクロポリスと神殿および城壁
西部のガゲラ丘のモロフォロスの聖域
北部のマヌッツァ丘と古代の住居
東側の丘と神殿
ネクロポリス

アクロポリス

アクロポリスは白色石灰岩の台地で、南側は海に面した50メートル近い崖である。南側の幅は300メートル以上あるが、北側は幅140メートル程度まで狭くなり、全体として台形状である、高さ11メートル程度の支持壁で覆われ、さらに城壁(何度も改修・変更されている)で囲まれている。城壁は外部を四角に切断した石で、内部は自然石で作られている。かつては6箇所の塔櫓と4つの門があった。北部には紀元前4世紀初めに作られた3階建ての長い通廊(ギャラリー)からなる大規模な要塞建造物がある。この要塞はアクロポリスの北面すべてを覆っている。アクロポリスに入り口にはポルックスの塔があるが、これは16世紀にバルバリア海賊を阻止するために、古代の塔または灯台の上に作られたものである。

街は都市計画によって直交する2本の大通り(幅9メートル)で4つの区域に分けられている。南北の道路の長さは425メートル、東西の道路の長さは338メートルである。32メートル毎に幅5メートルの小さな道路が作られている。この都市計画は紀元前4世紀(すなわちカルタゴ支配時代)に遡るものである。
複数の祭壇と小さな聖域は、植民地が建設されたときのものであり、その50年後により大きく恒久的な神殿に置き換えられた。最初の祭壇は神殿CおよびBの近くにあり「メガロン」と呼ばれている。神殿Oの正面には、紀元前409年の征服後にカルタゴの生贄祭壇が作られている。空積みレンガで作られた部屋で部屋で構成されており、灰が入った花瓶やカルタゴ式の「魚雷型」アンフォラが堆積していた。アクロポリスの丘の上にはいくつかのドーリア式神殿が建っている。

神殿Oと神殿Aは、岩盤の基礎と紀元前490年から460年の間に建設された祭壇以外はほとんど残っていない。両者の構造は全く同一で、東側の丘にある神殿Eとも類似している。ペリスタイルは幅16.2メートル、長さ40.2メートルで、6 x 14 本の柱(高さ6.23メートル)で屋根が支えられていた。内部にはプロナオス(神殿の前室)とナオス(内陣)があった。ナオスはプロナオスから一段高くなっており、ナオスにはさらに一段高くなったアディトン(神像安置室)があった。神殿Aのナオスとプロナオスの間の壁には、2箇所の螺旋階段があり、上部のギャラリーに行けるようになっていた。神殿Aのプロナオスはモザイクとなっており、フェニキアの神であるタニト女神(en)の象徴、ケリュケイオン、太陽、クラウン、ブクラニウム(雄牛の頭)が描かれており、カルタゴ時代の宗教的あるいは家庭的施設からの再利用が示唆される。神殿Oはポセイドンあるいはアテーナーに捧げられたものと思われる。神殿Aはディオスクーロイまたはアポロ神殿である。
神殿Aの34メートル東側には、アクロポリスへの堂々とした入り口が残っている。入り口はT型のフロアプランを持ったプロピュライア形式で、5 x 12の円柱配列からなるペリスタイルを持つ13 x 5.6メートルの長方形と、6.78 x…

コイン

セリヌスから発掘されたコインは多く、また種類も多様である。最も初期のものは、単純にセロリの葉を刻印しただけのものである。やや後期のものはアスクレーピオス(ギリシア神話に登場する名医)に奉納された祭壇に犠牲を捧げるところがデザインされている。この主題は後にディオゲネス・ラエルティオスが示唆しているように、セリヌスはその両側を流れる川が作る湿地のために疾病がはやりやすかったが、エンペドクレスの示唆により湿地の排水が行われ、この問題が解決されたことと関連している。いくつかのコインには、街の健康に貢献したセリヌスの川の神が描かれている。
ロンドン大学熱帯医学校の紋章は、紀元前466年のセリヌスのコインを基に、アラン・G・ウィオン(en)がデザインしたものである。そこには健康に関連した二人のギリシアの神、アポローンとその妹であるアルテミスが戦車に乗った姿が描かれている。アルテミスが御者を務め、アポローンが矢を射ようとしている。

セリヌスの美術品、発掘品

セリヌスの大テーブルは1871年に神殿Gのアディトンで発見されたものである。そこにはセリヌスの宗教の目録が含まれており、したがってセリヌスの各種神殿の宗教を特定する際の基礎となった。そこには「セリヌス人はゼウス、ポボス、ヘラクレス、アポローン、ポセイドーン、ディオスクーロイ、アテーナー、デーメーテール、セイクラテイア、その他の神々の加護で勝利したが、特にゼウスに感謝する。平和が回復された後、一番上にゼウスの名前を刻み、その他の神々の名前も刻んだ金の碑文を作成してアポローン神殿に捧げ、16タレント分の金をこれに用いる法令を定める」と記されている。
セリヌスで修復された寓意的芸術品は非常に重要であり、その多くはパレルモの考古学博物館に保管されている。 セリヌスの代表的な芸術としてはメトープがあげられる。
セリヌスのエフォーベは紀元前470年に作られたもので、ギリシャ西部の像の典型的な特徴を備えた鋳物ブロンズ像である。 シュラクサイの雄羊像を除くと、シチリアに現存するギリシア時代の唯一の大型青銅作品である。 この像はカステルヴェトラーノに保管されている。
ネクロポリスからは、非常に多数の原コリントス様式、コリントス様式、ロードス様式、アッティカ様式の黒の花瓶が発掘されているが、セリヌスでは小さな陶器を生産しておらず、セリヌス独自のものはない。
最も価値のある奉納物としては、テロコッタの小像、陶磁器、香箱、祭壇、ペルセフォネの強奪を描いたベースレリーフ、キリスト教の灯火などが、マロフォロスの聖域で発見されている。これらはパレルモの考古学博物館に保管されており、一部は展示されている。

セリヌスのメトープ

テラコッタと小像

ウィキペディアより、CC BY-SA 4.0 · 記事全文を読む

写真
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開館時間と入場料

公式サイトからの引用(9月15日 取得)。お出かけ前にご確認ください。

開館時間
Efebo di Selinunte . Tel. 0924 909605. Orario: 9:00-18:30 dal lunedì al
sabato, 9:00-13:00 la domenica. Biglietto intero €5,00, ridotto
€4,00, ridotto €2,00. Orario: 9:00-13:00; nel pomeriggio
€4,00. Orario: 9:00-20:00 (chiusura biglietteria ore 19:15), aperto
€6,00, ridotto €3,00. Orario: 9:00-19:30 (chiusura biglietteria
入場料
Selinunte — Biglietto intero €14,00, ridotto
€7,00. Orario: apertura ore 9:00 (8:00 dal 1° maggio al 14
€2,50 (18-25 anni), gratuito sotto i 18 anni.
Sant'Egidio, Mazara del Vallo. Biglietto intero €8,00, ridotto
Selinunte — ingresso libero.

公式サイト ↗

概要

建造628 a.C.
ウェブサイトselinunte.gov.it

データ:Wikidata(CC0)。料金と時間は変わることがあります。お出かけ前にご確認ください。

経路 地図 ウェブサイト

37.58887 N · 12.82455 E

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